セブンアンドアイホールディングスグループが低価格路線の蕎麦屋を始めると言う。まあ、おそらく人口密度の高い都心で、いわゆる駅そば、路面店のような回転率の高い感じで営業するのだろう。例えば、その営業形態は信州小諸そばの座席版のようなものだと思う。
どんどんやったら良い。都心のサラリーマン相手の人口密度も高い地域なら、安い価格設定でそこそこの蕎麦とつゆなら集客も望めるハズだ。そのような大手企業も蕎麦の良さ、消費の伸びを感知しての営業戦略だろう。ただ、いくら安く設定して集客を狙っても、原価率を抑えた価格設定では差ほどの品質は望めない。それなりの品質のメニューになると思う。
昼飯の、腹を満たすだけの蕎麦なのだからそれでいい。そのような蕎麦も良いが、これからはもっともっと高い品質の蕎麦が好まれる。本当に美味しいものとなれば、みんな蕎麦を打ち始める。いや、もうそのような傾向が強く現れている。チーブな蕎麦に飽きたら、自分で最高品質の物を求める。蕎麦とは嗜好食品極まりない食べ物で、上を望んだらキリがない。
そのような意味で、安い設定の小麦粉のたくさん入った蕎麦をもっともっと世に出したなら良い。飽きは必ず来る。あの、はなまるうどんも、もう飽きられただろうに・・。
京都は舞鶴の弊社のお客様から、そのような、もうこれ以上の品質の物はないというくらいの蕎麦をいただいた。昨日、クール便で送られて来た。早速、本日の昼に食べてみる。
パンフレット、茹で方の説明等々、いろいろな資料も入っていて蕎麦に対する並々ならぬ熱意を感じる。プロ顔負け?いや、プロ以上である。茹で時間、40秒という説明に従い、蕎麦を茹で、冷水で締める。もちろん、十割蕎麦だ。
つゆをつけないで、蕎麦だけ箸でつまみ(専用の箸まで付いていた)、ススってみる。口に含んだ途端、あのみずみずしい蕎麦の香り、甘み、高貴な蕎麦本来の風味。美味い蕎麦はつゆなどいらない。あまりに美味しいのでしばらくの間、つゆなしでススる。粉は弊社のせいろ蕎麦粉だ。もうこれ以上の蕎麦はない。おそらく、土曜日の日に打たれたものだと思うのだが、クール便で送られたその蕎麦は茹で上げてザルに盛るときも切れたりしない。太さも爪楊枝をちょい太くしたくらいのものに整然と切り出されている。
お客様の蕎麦打ちの腕は確かだ。つゆなしで半分くらい食べ、残りはつゆをつけて食べる。今度はつゆのカツオダシの風味により一層、蕎麦の香りが引き立たされた。美味い。残り半分もアッという間にススり終えた。締めは、茹でた鍋に残っていた濃厚な蕎麦湯である。良い蕎麦粉、十割蕎麦の最高品質の茹で湯。もうこれ以上の蕎麦湯はない。蕎麦湯のルチンが毛細血管の隅々まで行き渡り、普段の酒と暴食で薄汚れた血をろ過してくれたようだ。
いつもいつも、食事だけ、腹を満たすだけの、小麦粉優先の蕎麦を食べている人たちにこのような蕎麦を食べていただきたい。そこで、おそらく、何かのひらめきがあるに違いない。何か感ずるものがあるに違いない。世の中には蕎麦まがいの麺が横行し過ぎている。
京都は舞鶴のお客様、とても、とても美味しい蕎麦、どうもありがとうございました。感無量の昼食タイムを過ごすことが出来ました。本当にどうもご馳走様でした。 |