| 明治15年 |
初代柿沼勝蔵が羽鳥159番地において精米、精麦業を始める。 |
| 大正14年 |
敷地の横を流れる男女川の水流を利用して水車挽の石臼製粉を開始。
(現在の石臼挽製粉の原点) |
| 昭和 4年 |
当時の朝鮮博覧会に手動式石臼製粉機を出展し表彰される。 |
| 昭和23年 |
食糧統制令解除後、本格的石臼挽そば製粉及び乾麺製造業に着手する。 |
| 昭和31年 |
現在の地、真壁町羽鳥25番地に移り、当時としては近代的な機械(ロール)製粉及び製麺ラインを導入する。月産能力15t。 |
| 昭和46年 |
業務拡張に伴い、会社を法人化する。柿沼製粉株式会社、資本金600万円。そば製粉60%、乾麺40%の売上高比率。 |
| 昭和48年 |
低温恒湿倉庫完成。玄そばを年間を通して一定の条件で保管する。
併わせて10tサイロ3基を設備する。月産能力30t。 |
| 昭和62年 |
旧工場の老朽化に伴い現在の近代的かつ衛生的な新工場が完成する。ニューマチック方式(空気輸送方式)により衛生面では特に優れる。石臼も真壁産みかげ石の特注ものを導入する。月産能力50t。サイロも10tサイロ3基増設。 |
| 平成 3年 |
資本金1000万円に増資、工場内部のラインをコンピュータシステム化し合理化に力を注ぐ。併わせてオートパッカーを導入し短期間での袋取り(製品化)が可能となる。月産能力100t。 |
| 平成 7年 |
常陸秋そば昨付け面積の拡大により石臼挽き設備周辺装置を改良。当社独自の目立てを施した石臼にて低速回転(毎分15〜16回転)による高品質な石臼挽粉を開発。 |
| 平成 9年 |
手打ちそばブームの本格化。一人一人の顧客をシステム管理し、通販事業にも力を入れる。業務用(そば店向け)にもより一層営業力を増強する。また常陸秋そばを主原料とした手打ち風生そば、及び乾そば(地蔵っ子そば)も販売を本格化する。 |
| 平成12年 |
大量生産方式よりも、特に石臼挽粉を中心とした国産(特に常陸秋そば)ものの製粉比率を高める。高品質付加価値製品の開発。インターネットのホームページ開設。 |